ありんこ

心が疲れた人の代り映えしない日記

お金を使うということ(現在) こどもをつくるということ

 

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👆の記事から続く現在までの話です。

 

 

今でも何かを選ぶときに値段の安い方を選ぶ癖は変わっていません。好きなものを選んで買ってもらえる場面でも、例えば飲み物なら飲める物の中から一番値段の安いものに決めます。飲みたいものがあっても一番安いものでなければ諦めます。どうしてもどうしても飲みたいものがあれば一番安いものと小さな差であれば考えます。

 

また、買わなくても我慢できるものであればいらないと言います。買ってあげると言われても断ります、これは幼少期から進化(?)したところです。

 

服とか本当に高いなあと思います。なんであんなに高いの?中古の服で十分です。母から借りることもできるし。あ~そういえば服のことでも幼少期に色々あったな。

 

ご褒美で自分に何か買うということもできません。自分にお金を使う価値がないと思うし、ご褒美を使ったり食べたりすることが「過去」になればそれが1時間前のことでも遠い昔の出来事のように感じるから。

 

本当に自分にお金を使うことが無駄にしか感じない。可愛い服を着たって自分にとっては無駄、着飾ったところで服だけ浮いて見える。美味しいものを食べても口の中にあるその一瞬だけ。好きなものを食べてお腹いっぱいという状態は幸せではなく終わってしまったというだけ。

 

はい、何も楽しくないです。今日行くコメダだって本当は怖い。自分のためにお金を使うことが無駄にしか感じないけど、自分が食べたものについての料金を母に払ってもらうことの方が申し訳なさすぎる。なので私が払います。

今までシロノワールを食べたことが無くていつか食べたいと思っていて、ちょうど良いタイミングでイベントをやっているので行ってみます。怖い。無駄にしか思えない。でも行くからには楽しみ。

 

やっともやもやしていたものが晴れました。「自分にお金を使うのがもったいない」「自分にお金をかける価値が無い」ただそれだけのことを上手く言葉にできなかったので大きな進歩です。

 

でも、この考えについては精神状態がかなり影響します。

無駄なものを進んで買ってしまうこともあるし、楽しく正しくお金を使えることもあります。ご飯を食べた後も幸福感が続くことだって。

 

 

 

似たもので、SNSで「こどもをつくること」についての意見をたまたま見たのですがこちらでも気づけることがありました。私は絶対にこどもをつくりません。

 

・曾祖母から祖母、祖母から母…と負の連鎖が私まで続いているので、絶対に私のこどもまで繋げてはいけないということ

・幸せにする自信が全くないということ

 

親や周りの大人は小さなこどもにとってかなり大きく、性格や価値観にかなり影響されると考えているし、私自身こどもを傷つける可能性が負の連鎖があるということから高いと思っている。そして私の周りの人間、特に祖父母は傷つける可能性がかなり高い。実績ありだし。そんななかで育つこどもが可哀想すぎる。その1人の人間の人生にかなり影を落とす。

自分の人生もまともに楽しく送れていない人間に人を育てるということは無理。なにより責任が桁違い。そもそも結婚したいと全く思わない。

 

もちろん、すべての人に負の連鎖が続いていくとは思っていません。自分が体験したことをもとに絶対に自分のこどもにはこんなことしない、と心に誓って頑張っているという話を聞いたことがありますし。私もそう思ってはいますが厳しいです。未来がどうなるかわかりませんが今の私の精神状態では、難しいです。

 

 

なんだか色々気付くことができました。自己肯定感というものが高ければこう思わないものなのでしょうか。

 

 

自分にとって、有意義な記事になりました。たくさん考えながら文にするということは大変ですが達成感があります。自分に向き合うことにもなりますし。下書きに戻してある記事もこのような感じで書いたことを思い出しました。

余裕があるときにいくつか読み返して公開しようかと思います。